波乱万丈!!よっちの普通の日々

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俺の親父  


俺が幼少の頃、当時東芝の外勤をやっていた親父は、年中日本を飛び回っていて、滅多に会うことができなかった。
その時の親父のイメージは「怖いお父さん」
話をするのも緊張したのを覚えてる。

やがて俺が小学4年生になった頃、母が去っていった。
親父は内勤に移り俺と兄貴をひとりで育てることになる。

その時親父は、これからどうしたらいいんだ?子供2人もどう育てていけばいいんだ?
と悩んで悩んで頭を抱えていたとか。
そりゃそうだよな・・

親父は毎日、仕事から帰ると晩御飯を作ってくれた。掃除や洗濯もしてくれた。
おふくろの味というやつが、俺にはオヤジの味。
俺が食べた最後の親父の料理が、2年前に食べたちゃんちゃん焼き。
美味かったなあ。


俺は小学5年生の時、母が居なくなったショックで登校拒否児になってしまった。
殆ど学校には行ってなかったな。
あの時は本当に甘えてた。
親父は何度も担任の先生と相談して、俺を学校に行かす為にあらゆる努力をしてくれた。

俺が中学の時、骨折で障害が残った左腕の骨を治すために、時間も金も惜しまず病院を探して治してくれた。

俺が高校の時、交通事故で死にそうになった時は会社を休んでずっと付き添ってくれた。

とある事件で停学処分になった時は、校長室まで来させてしまってみっともない思いをさせてしまった事もあった。


俺が結婚した時は、近所の人達に自慢気に話しをしたらしい。

たまに俺が実家に帰ると、少しでも生活の助けになればと、魚沼産コシヒカリをくれた。
「こんな高い米いらないよ」と言っても、「いや余ってるから持っていけ」と毎回くれた。

でも俺は知っていた。
親父はいつ俺が来てもいいように、買い溜めしてたのを。


俺が実家から帰る時は俺の車をいつまでも見送っていたというのを近所のおばさんに聞いた。
滅多に実家に戻らない俺の事をいつも心配していたと兄貴から聞いた。
そんな素振りは全然見せないくせに・・


葬式の時、久しぶりにあった親戚や、親父の古い友人の方達が俺を見て、

「あなたは本当にお父さんにそっくりだね」

と口を揃えて言われた。

どうやら俺は親父の若い頃にそっくりみたい。

昔は親父に似てると言われるのが嫌だった。
でも、なぜか今は親父に似てると言われるのが嬉しいし、誇りに思う。

通夜の時は、近所の運送会社の兄ちゃんが香典持って作業着姿のままで駆けつけてくれた。
あれは本当に嬉しかった。
近所の人達も、お世話になったとたくさんの人が参列してくれた。



頑固で短気で怒りっぽく、それなのにシャイで女々しくて、おまけにアル中で。
でもたくさんの人達に好かれていた。

それが俺の親父。

手が掛かって出来の悪いこんな息子の事を精一杯愛してくれた親父。

居なくなって初めて気付かされる事っていっぱいある。



親父、安らかに眠ってくれ。



そしてありがとう。



今までありがとうございました。



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